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北上山地サイクリング 2013

Miyako Cycling 2013
2013年9月29日(日)
天気:快晴


  • リバーパークにいさと駐車場にて集合

  • 閉伊川沿いのゆったり館

  • 緑の中の細い道を走る

  • 高絵山へ行く登り

  • 早池峰剣ヶ峰が見えるビューポイント

  • 夏屋を走るサイクリスト

  • 山々が連なる夏屋からの景色

  • 視界が広がる早坂高原

  • 気持ち良さにアタックをかけるサイクリスト

  • 雄大な景色を眺められる牛たち

  • ゴール!

「気持ちいいー」
「いい景色ー」
「空気が澄んでるー」
「川の水がきれい」

一日じゅう、そんな言葉を口にしていると、東京で頑なになった心が解きほぐれていくようだった。
言葉にならないくらい素晴らしい景色を目に、車がほとんど通らない自然の音しかない耳にも、クリアな空気を吸って、それらが心にも体にも効いてくるのがわかる。

> 大会公式ブログ

ルートマップ:

ななかまどの赤い実がなっている、リバーパークにいさとの駐車場に集合する。
大会名にある「サイクリング」とはいえ、集まっているのはレーシング派のサイクリスト。
第1回は、2006年。走れると思っていたが最後尾になり、グランフォンドはタイムアウトになって、メディオフォンドになった。
走れるようになった昨年、第2回は、気合が入り過ぎて気持ちの余裕がなかった。
3回目にして、秋晴れの過去最高のお天気になり、気分はリラックスしていた。
今回も、また新たなコースで、距離は約170キロ、1000メートル級の山岳を3つ越える、本場グランフォンドさながらだ。
コース説明と注意事項を聞き、7時からスタート。
準備ができたサイクリストからバラバラと出発し、私たちは支度を整え、ほぼ最後尾から出発した。(8時までの間にスタートするのがルール)
閉伊川沿いの106号線を西へ走る。
トンネル回避するための細い道を通るが、それがまたいい。
閉伊川の流れが良く見え、川底の石や岩が白いから、きれいに見える。
その川に釣りできている人や集落の人しか、通らないような道。
106号から遠野方面へ左折すると、車がグッと少なく、、、というよりほとんど通らない。
紫波方面へ右折。昨年とは逆の進行方向となり、タイマグラを通過する。
この辺りからクマのフンが散乱していた。
江繁を右折。一つ目の峠が始まる。
だんだんと気温も上がってきて、大汗かいた。半袖短パンでいいくらい。
秋の宮古は寒いとばかりに、防寒の準備をしていたから暑すぎた。
どんどん登ると、北上山地の広がる景色が見られる。
空気がきれい、車が来ない、眺めがいいと、登りも苦しまずに進むのを感じだ。
トンネルを過ぎて、第1チェックポイント。捕食をもらう。これはお初のおからパン。
登ってきたところとは反対側の景色、早池峰山のとがった山が近くに見えるビューポイントだ。
私たちは、のんびりと景色を楽しんでいたが、ここのポイントにスタッフが車で着く前に、すでに3名のライダーが通過したとのこと。トップの速さは、まるで本場のグランフォンドの楽しみ方だ。
下って、106号を越えて、二つ目の山を登る。
昨年一度登ったからか、それとも、おしゃべりしながらだったからか、山頂の夏屋まで、すぐに着いてしまった。
ここも、山々が連なる素晴らしい景色だ。
下って、第2チェックポイント。スタッフがサイクリング中にクマと遭遇した話しをしていた。わりとよくあることのよう、、。
朝、受付のときにコース申請で、私は自信なく、ミドルコースを選んでいたけど、2つの山を登って自信がついたのと、そこにいた他のサイクリストから「またまた〜〜」と声をもらい、フルコースに変更した。
そして、三つ目の山へ、数名のサイクリストと進む。
登って登って「そこを左だよ」声を掛けてもらい助かる。一人だったら通過するところだった。そして、早坂高原に到着。
牧場の開かれた景色と牛と遠くまで見える山々といい、昨年走ったイタリアのグランフォンドを思い出す、ロケーションだった。
455号線へ下り右折して、少し走って、道の駅で、食事をする。
三つの峠を登り切り、あとはもう、なだらかだよなーと思った。
川沿いを走ると、もう1つチェックポイントでスタッフが立ってくれていた。
もし、一人になってしまっていたら、クマに襲われていても気がつかないこともありそうだ。人がいてくれると安心させてくれた。
左折して、あとは真っすぐだ、と思ったところに、忘れかけていた四つ目の峠があった。人間の忘れるという機能はいいことだと思うけど、こんなにも登るのを忘れていた。。
やっと最後の峠を越えて、一気に下る。
下って下って、茂市まで6キロという道路標示があったくらいか、最後に一緒に走っていたグループ4人の中から、一人が逃げ、また一人追う。
私の足は、売り切れ。最後の景色を楽しみながら、ゴールに辿りついた。

このサイクリングの大会趣旨は、
「宮古市の被災企業応援の一助にすべく被災企業の製品を参加者に配布し応援するものとします。
サイクリストの皆様には交通量のきわめて少ないコースを楽しんでいただき、都合がよろしければあらためて被災地の現状をご覧いただきたいと思います。 」
休憩ポイントにて、サイクリストに米粉パンがふるまわれました。
震災後に川井地区で再開された、みついしさんのパンでした。
走ることしかできない私たちに、応援してもらい、恐縮です。
せめては、三陸鉄道株式会社へ応援金として気持ちを送り、来年の全線開通を願っています。
いつもながら、このようなサイクリングを主催し、細かな配慮をしてくださる、盛合さんに感謝です。昨年のサイクルモード以来でしたが、お元気そうでよかったです。
この場ですみませんが、スタッフのみなさん、いろいろとありがとうございました。
着かず、離れず、なんともいい感じに走ったサイクリストの方々、お天気に恵まれて、お腹いっぱい楽しみましたね。

毎回そうなのですが、こんなにものびのびしたサイクリングができて、有難く、嬉しく思う。
日本にもこんな環境があるんだと、昨年イタリアのグランフォンドを走ったのもあり、余計に感じた。
東京からは遠く不便だけども、そうでなかったら、この自然も環境も壊されてしまう。
「だから宮古はいいんだ」って、親戚みんなでよく言っていた。
手付かずの自然のまま、変わらない景色が、手を加えないことが良いんだと、ここへ来ると、確かめられる。

前から気になっていたニュースが、1ヶ月ほど前に決定されて、いたたまれない気持ちになった。
それは、「国際リニアコライダー」(ILC)計画に、いくつかの候補地から、この自然が広がる北上山地に、決定されたこと。
先の長い話しのようだけど、これが真の復興とも言っているが、本当に必要なのか、と思う。
また、サイクリング中に通った村に、「タイマグラ」という地域がある。
子供の頃に、父や叔母から、聞いたことがあった。
昔、そこには、おじいさんとおばあさんが、ガスも電気もないところで自給自足の生活をしていた。(それが映画となり、数々の国際映画祭にて多くの受賞をされたそう)
そういった生活に憧れて若者が移り住み、少しずつ人が集まり、今では創作活動をしながら、自然と共存している村があるのだ。

宮古の家の柱のキズは、背の高さを比べていた。
海では、テトラポットまでどのくらい泳げたかを数えていた。
子供の頃から宮古は、昨年よりどうかと成長を確かめる場所で、それは今もそうなんだと改めて思った。
少しは大人になれたかな、自転車の走りは上手くなったかな、楽しめたかな、と昨年の自分と比べてみる。
基盤がなくなり更地になった家の跡地を見て、昨年感じたこと、その時の自分を思い出した。
また町全体には、新しい町にして行こうと前へ進んでいる感じがした。
親戚の叔母も、昨年会ったときより、健やかな表情で明るさが戻り、ゆとりができたように見えた。
町の壊れかけていた建物は撤去され、昨年と同じ場所にあった仮設住宅は変わりない。
いろんなことを含めて、優先する順番が間違っていないことを願う。
このサイクリングがあるから、私のふるさとが宮古にあると確かめられている。
毎日の買い物で、東北の物産を選ぶことくらいしかできないけど、できることを続けていきたい。