ドイツのエリート教育からトップクラスへ輝いた、 オールラウンダー、ヤン・ウルリッヒ。
走っていた時代は、パンターニがピークの頃に若い選手といったところで、
二人が競って、ウルリッヒが先頭を譲らない走りは青年期の意地っ張りに映った。
壮年期のツールでは、いつも2位という印象は拭えませんが、
ツール・ド・フランスの前に、ツール・ド・スイスを走ってからのツール入りで、
過酷なレース続きに、対するライバルはツールを狙っての出場という、
同じ条件なのかと合点がいかなかった。
引退してから、その姿はあまり見られなかったが、
2009年のユーロバイクで、彼のオリジナルフレームが発表された。
サインを求める人がやまず、気さくに応じていました。
-2021.5.26-
ドイツの公衆電話。 受話器がピンクで、かわいい。 |
二つ並ぶと、もっとかわいい。 彼のチーム、ドイツテレコムカラー。 |
記念撮影 |
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バイクについてインタビュー
ヤン・ウルリッヒバイク
サイン会
少年が熱心に質問していた
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