旅立ちの朝、最寄駅まで自転車で行き、駅前で輪行した。荷物は、リュック1個。中身はジャージとレーパンとグローブとサングラスとバイクシューズとヘルメットとボトルと着替え少々、それからノートとカメラ。
出発前日にインターネットで見たドイツの天気予報は、期間中の前半は雨が降る様子で気温も20度を切る寒さ。昨年も一昨年も夏の終わりのような天気だったし、東京は毎日35度くらいで、その寒さが想像できない。自転車を持っていくかどうか迷った。
雨が降ったらカッパを買おう、寒かったらガマンしよう、と思い切って今回は自転車を持って行くことにした。
そうと決まると、やっぱり自転車の旅は楽しみだ。荷物を最小限にするために選ぶところからもうワクワクだ。何が起こるかわからない気分でドキドキだ。
海外へ行く時パスポートなどを入れるポーチを取り出すと、中に25ユーロが入っていた。昨年の残りだ。とってもラッキーな気分。いいことがあるような今回の旅に期待大だ。
電車を乗り継ぎ成田空港へ辿り着き、カウンターでチェックインの手続きをする。輪行袋をカウンターへ預けると、
「何ですか、これ?」
と、受付の若い女性。
「自転車です。」
と私。手荷物重量は確認していたので余裕だと思っていたが、その航空会社は今年5月から超過料金の品目に自転車が入ったらしく、別料金が必要だと言う。
「80ユーロかかりますけど、いかがなさいますか?」
「えっ!80ユーロも!!」
ウチに送り返すことも一瞬よぎったが、自分の旅がしたいから支払うことをヨシとした。子供のころ遊んだ<人生ゲーム>のような旅の始まりだ。
チューリッヒ空港に到着したのは、夜。やはり肌寒く、路面は濡れていた。
翌朝起きると、カミナリをともなうほど雨は本降りだった。輪行袋に入れたままの自転車を持って移動行程を考えるとめまいがしそうだ。自転車の旅は、天気ひとつで一喜一憂の連続だ。
初日は、今年初めて開催される試乗会「デモデイ」へ行く予定。
今回は、この「デモディ」を含めヨーロッパの人々はどんなスピードで、どんなスタイルで走っているのか興味を持っていた。それとオマケで自分が再びヨーロッパの地で自転車に乗ることを楽しみにしていた。
「デモデイ」試乗車の多くは、マウンテンバイク。ロードのシューズしか持っていなかったのと、雨上がりということもあり、雨の日の人々のスタイルを撮ることにした。
リュックにヘルメットをくくりつけた私と同じスタイルで、人々はブースを巡る。人々の着ているレインジャケットはカラフルだった。さすが、ウェアのカラー展開が豊富にあるようだ。
ひと通り見た後、ユーロバイク会場へ行くバスに乗る。雨も止み路面も乾いてきた。
ユーロバイク会場へ着き、会場の扉から覗いた中のようすは翌日から始めるショーのために設営準備をしていたが、明日までに間に合うのかといった状態だった。
会場の脇で、ようやく自分の自転車を輪行袋から取り出し、自転車に支障はないか確認する。問題なさそうだ。
気候も暖かくなってきた。携帯ポンプでタイヤに空気を入れ、ホイールをフレームにつける。
すぐにペダルを踏んだ。やっと呼吸をしたという感じ。再びドイツで、今度はユーロバイクで、自転車に乗っている…うれしい。
雲が低いので急いで荷物をまとめて、会場から25キロほど西へ行ったMeersburgという湖畔沿いの町へ向う。ホテルは予約済み。
右側車線にもすぐに慣れた。慣れたというか、車を運転する人が、しっかりと自転車を見ているから守られているのだ。交差点でも車はピタッと止まってくれる。
東京だと運転手を見ながら、こっちを見ているかなーと常に思いながら、車が止まってくれてもジリジリと迫ってきて、もしかしたら、という怖さはある。
全部の荷物を背負って走るのは重たいが、再びこんな環境で走れるのは快適だ。地図を追って道を探すより、道路標識に町の名前が表示されている方へ従ってスイスイと走れば、道がつながる。
ぶどう畑が続き湖が眺められる素敵な道だった。
Meersburgの町も建物が古く、お城も資料館もある素敵な町だった。雲が厚かったので寄り道しないで先を急いだ。ホテルに着きチェックインして部屋に入ると、雨が降り出した。今日の行程がずっと雨だったら…と考えると気が遠くなりそうだ。自転車の旅は、これだから大変なんだ。私はラッキーだ。疲れがどっとでた。
自転車通勤にはちょうどいい距離だと思っていたが、翌日は雨だった。おてんとさまが休めっていっているのか、仕事に集中しろって言っているのか。バスを乗り継いでユーロバイクの初日へ向かった。
今回のユーロバイク視察は、去年までは3日間とっていたことろを2日間だけにし取引先のメーカーに集中した。昨年の自分が失敗したこと、もっとメーカーを知りたいこと、商品をしっかりと見たいことなどがあり、それらに多くの時間を費やした。
まず「Ziener」のブースへ行った。やはりホッとする安心感がある。安定したオリジナリティがあるからだ。私は、昨年もそうだったが、
「もし自分が着たいと思うようなウエアを展開していなかったら、やめよう。」
と思って日本を旅立った。けれど今年も周りのメーカーにはない、自分好みのデザインが「Ziener」にはある。
担当者は、私を笑顔で迎えてくれ、言葉なくがっちりと握手をした。
「Drysports」のブースでも担当者と握手を交わす。新素材による新製品を次々と打ち出していた。英会話が得意でない私に、ゆっくりと親しみを込めて新製品の説明をしてくれる。そんなところはイタリアン。今夏、日本でも好評だった「Xライト」は、ドイツやスイスでも人気だったそうだ。
両メーカーとも歴史はあるが、バイク分野へ参入したのはここ数年のことだ。
私が全く何にもなかったところから、メーカーと一緒に成長してきたように思える。始めはどうなることかと不安とワクワクで一杯だったが、なんとか3シーズン目を向かえた。メーカー担当者とは、お互いが手探りしながら時間をかけて解かり合えてきたと実感する。
ディストリビューターとして時間と労力を注いだ。他は、新製品を追いかけることなく、ゆっくりと眺めた。やはり人々のスタイルやウエアに興味がある。メーカースタッフが着ているメーカーのウエアが素敵で、それらを自分らしく身にまといスタイルが確立しているところがヨーロッパらしい。そんな視点で、会場を泳ぐように眺めた。
翌日ユーロバイク2日目。やっと晴れた。自転車で出勤だ。
自転車が走るのは、自転車道があるところ、歩道と自転車道が一緒になっているところ、車道に線が引かれているところ、線が引かれていないところとさまざまだ。
宿泊の町から自転車道を通り、途中で回り道になり他から合流になっている道から、ピュ−ッと目の前をロードレーサーが通った。必死で追った。
「ハロー!」
と私が声をかけると
「手鼻とんじゃった?!」
とロードレーサーの彼は言って、走り始まった。
お互いがユーロバイクへ行くことがわかり、私は彼の後を追った。彼はグングンとスピードを出す。40キロ前後でとばす。
なだらかな上りの丘があると、私のスピードは落ちてしまうが、彼もスピードを落としてくれた。次の町から、すでに車の渋滞が始まっていたが、
「私たちには、関係ないね〜!」
と彼はごきげんだった。
渋滞で右側に自転車が走るスペースがないと、中央へ行きセンターライン上を走る。前から大型車が来ると止まりはしたが、彼は渋滞中の車の屋根に手をかけ、サドルに乗ったままだ。
手信号でリードしてくれ、水を飲めとまで指示してくれる。交差点もほとんど止まることなく、また近道をし、初日の復路よりも全く短い時間で着いてしまった。
会場へ着くころには私は酸欠ぎみだったが、彼は、
「ファンタステック!」
と連呼して大喜び。私は呼吸が整わず、うなずくのが精一杯。でも心底楽しんだ。ガッツリと握手を交わた。
今回、旅の目的のひとつ<現地のサイクリストのスピード感を味う>を成し遂げた達成感があった。
彼のスタイルは、実にシンプルでジャージとサイクルパンツとバイクとシューズだけ。ヘルメットもサングラスもグローブもメーターも心拍計もつけていない。それでも速かった。
そして現地4日目、最終日。私にとって再び冒険だった。
エアチケットを予約するとき、<こうしたら楽しいかな〜>と思いついてワクワクしたけど、前夜になって<とんでもないことを計画しちゃったかなー>と不安になった。
それは<チューリッヒまで自走で帰ろう計画>。
こんな計画はユーロバイク出張のオマケであって、距離が100キロはないことと1号線をずーっと行けばいいとわかっているだけで、地図は現地へ行ってからと3日目の夕方に買った。走り慣れていない道、タイヤの空気は携帯ポンプで挿入、全部の荷物を背負っての走行…、不安に思うことはいろいろ考えてもキリがない。<ロードバイクでヨーロッパを走りたい>と思っていたチャンスだからと自分に言った。
ホテルのチャックアウトを済ませ、玄関先で準備をしていると、
「準備はいいかーい!?」
昨日の朝、一緒に走ったロギーが向かえに来てくれた。
「今日は、チューリッヒへ行くんだよ。」
と私。
「おー、そうかそうか、そんじゃねー、チャオ〜。」
ガッチリと握手をして、走り去って行った。
自転車仲間は、いいな。一度本気で走ったらもう友達だ。不安な旅立ちに元気をもらった。
町からフェリーに乗り対岸のEggへ行った。
町が大きいと通り抜けるのに迷った。<チューリッヒ>の文字を見つけてそちらへ行くと、あやうく高速に乗るとこだった。戻って流れにまかせて走ると、1号線とチューリッヒの文字が見え、これで行けば着くんだと安心した。
ドイツとスイスの国境で、パスポートの提示のため車が並んでいる。
自転車の私も誘導されるが<あぁ、自転車>といった感じで何も要求されずに通過した。
国境のすぐ脇にスーパーマーケットがあり、この風景を見たことあるような…。2000年の旅でここを通ったような気がする。
当時はまだ、ユーロが統一されていなくて国境があるたびに、ありったけのコインを食料に変えていた。そのために寄ったスーパーだったような。(スイスとドイツとは当時も今も通貨は違う)
ヨーロッパは、自転車のための標識、町の名前と距離が表示されている。分岐や町に着くと、その表示が見えてくるので、次の町を確認すれば行く場所へ辿り着ける。
目の前には、草原が広がり、なつかしい景色だ。草原、牧場、ときどき家、畑、の繰り返しで飽きるほど見た景色。また見たいと思っていたが、すぐに見慣れてしまった。また走っているんだ、嬉しさがこみ上げてくる。
なだらかな丘が続いてグングンと進む。
郊外では、ほとんど交差点に信号がなく、ロータリー交差点(ドーナッツ型の交差点)なので、完全に足を止めたりサドルから降りることなく進めてしまう。
さらに車は自転車を優先してくれるので安心して車とほぼ同じスピードで回って次の道へ進める。
車が少ない郊外で走っていても、車が私を追い越す際、大回りして過ぎ去るのでストレスがない。幅寄せなんか絶対にない。
爽快に走れる。楽しくて仕方がない。以前はこれを毎日していたんだ。
<えーもう終わり?>というくらい意外に早くチューリッヒ空港近くのホテルへ辿りついてしまった。距離は70キロくらいだけれども、東京で走る70キロに比べ、まったく疲労感が少ない。達成感というか満足感があふれきて、頭ん中の細胞、神経の1本1本まで、充実パワーが行き渡っている感じ。翌朝には日本へ帰るなんてぶっとんで、しばらく爽快な気分に浸っていた。
楽しかった…。
あのときの自転車の旅は、町に着くとキャンプ場探し、テントを広げ、シャワーを浴びて、ご飯を作って食べて、ろうそくの火で日記を書いて、シュラフにもぐって1日が終わった。翌朝起きて、テントをたたんで、また次の町へ旅立つ、その繰り返し。こんな景色を見て、開放的なサイクリングで、それが楽しかったんだ自転車の旅。
楽しくて楽しくて、これをなんとか伝えたくて、自転車のコトをしたかったんだ。
7年前に旅をしながら思っていたことを再び思い出した<ひとこぎ>だった。
そしてまた、あのときには想像できない、今の姿の自分がいる。
ロードバイクで再びヨーロッパを走りたいと思っていた夢が、ひとつかなった。
自転車の旅は、自転車と地図と少しの勇気があれば、できる。
欲張って無理したり、求めてせがんだりすると、チャンスって逃げてしまう。
チャンスは回ってくるから、いつでもいいように夢は忘れないでいたい。
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